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大学受験英語長文読解指導法⑧―first of allなどの列挙シグナルを理解する―

大学受験英語対策

⑴対比シグナルは論理の道筋を明確にしてくれるシグナル

 以前大学受験英語長文読解指導法①―シグナルでコツをつかむ!―という記事で、長文読解は論理構造を明確にするシグナル(butやbecauseのような)を意識することで、分からない単語や表現があっても推測できるようになるということを話しました。そしてこれまで逆接シグナル具体例シグナル言い換えシグナル追加シグナル原因結果シグナル対比シグナルについて整理してきました。今回は、ようやく最後の7つ目のシグナルである列挙シグナルについてまとめていきたいと思います。

 

⑵代表的な列挙シグナル

[1つ目]

first

一つ目に

firstly

一つ目に

in the first place

一つ目に

first of all

一つ目に

to begin with

一つ目に

[2つ目]

second

二つ目に

secondly

二つ目に

in the second place

二つ目に

then

二つ目に

[3つ目]

third

三つ目に

thirdly

三つ目に

in the third place

三つ目に

[最後]

finally

最後に

lastly

最後に

 

 

⑶列挙シグナルによって読解をし始める前に文章の全体構造を把握することが出来る

 列挙シグナルの良い点は、文章を読み進める前にさっと全文を見ただけでシグナルを見つけやすく、かつ、文章の起点を把握できるという点だと思います。高校受験指導向けにも高校受験レベル長文読解シグナル④―列挙シグナルに注目するという記事を書いているので詳細はここを見てください。

通常英文を読むと、はじめは単語の羅列のような感じがして内容が頭の中に入ってこないということがあると思います。しかし、「一つ目は~。二つ目は~。最後は~。」とそれぞれの~の中身は読んでいなくても、同じようなことが3つ続くのかと読解前に脳が準備することが出来ます。また、「一つ目は~。二つ目は~。最後は~。」と続くことで文章の区切りが明確になると思います。

 

⑷実際に列挙シグナルがあるのとないのではとどう違うか

 では、これらの列挙シグナルがあるかないかでどの様に本文の見え方が違うかを見ていきたいと思います。今回は、Prospect Magazineの記事の一部を参考にします。(早稲田大学の過去問として使われていた文章の一部です)。全文はリンクを貼り付けておくので、興味のある方は確認していただければと思います。

 まず、以下の文章を見てみてください。

 

Sykes and Matza outlined five common neutralising excuses. There is denial of responsibility, in which the actor was forced by circumstances (“I couldn’t stop my bike at the red light, it was icy”). It comes denial of injury (“no one was hurt”). Denial of the victim (“they deserved it”). It is “condemnation of the condemners”: those who condemn the lawbreaking act are accused of themselves being corrupt or selfish (“well, the music industry would say that, wouldn’t they?”). You appeal to higher values than those embodied in the law—“music should be free to all.” But are such excuses ever philosophically sound?

 

 上記の文章は、列挙シグナルがない場合の例として、少し手を加えた文章です。本文の一部なので前後関係で把握できないため、さらにそれなりに難しい表現も多いので理解しづらいと思います。では、次の文章はどうでしょうか。

 

 Sykes and Matza outlined five common neutralising excuses. First, there is denial of responsibility, in which the actor was forced by circumstances (“I couldn’t stop my bike at the red light, it was icy”). Second comes denial of injury (“no one was hurt”). Third, denial of the victim (“they deserved it”). Fourth is “condemnation of the condemners”: those who condemn the lawbreaking act are accused of themselves being corrupt or selfish (“well, the music industry would say that, wouldn’t they?”). Fifth, and finally, you appeal to higher values than those embodied in the law—“music should be free to all.” But are such excuses ever philosophically sound?

 

 二つ目の文章が記事として掲載されていた本物の文章です。列挙シグナルがあることでどのように見えるでしょうか?最初の一文目で「SykesとMatzaは5つの何かを整理した」くらいを理解し、何か5つのことを言うんだくらいが理解出来れば、この段落全体がどのような論理構造なのかが明確になります。そうすると、それぞれどこに5つの述べたいことが書いてあるのか明確になり、これから文章を読み進めていく際の目印になると思います。

 

⑸列挙シグナルは文章を読みやすくしてくれるサイン

 以上見てきたように列挙シグナルは、文章の全体像を把握するための重要なサインなのです。受験生にとって列挙シグナル自体は簡単な表現が多く、軽視しがちになってしまっていることが実際に多いです。しかし難しい文章を読み進めていく際重要な道標になるので、ぜひ生徒が文章を読む時には、列挙シグナルを丸で囲むなどしてどこにあるかを明確にさせるようにすると本文自体もすっきりと読めるようになってくると思います。

 

⑹参考

Nigel Warburton(2010), From attacking burglars to jumping red lights, we are increasingly taking the law into our own hands. But can this be morally justified? (Prospect Magazine)

http://www.prospectmagazine.co.uk/features/the-philosophy-of-myleene-klass

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